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久しぶりに更新します

12/9,10(水木)

 今日は先生に学校に出版する予定の新聞を添削してもらった。やはり自分で作る文章は間違いだらけで赤ペンだらけとなり、英語の感覚はこんなにもも違うものかと感じた。それから、発音について先生が喋るのをビデオ撮影させてもらった。舌の動き口の形はとても参考になった。明日は最後に確認テスト実施予定。どれだけ点数が採れるか楽しみであり不安でもある。

12/11(金)

 語学レッスン最終日、先生の仕事の話で授業がだいぶ脱線したが、たばこ会社のオーナーそしてリコマ島リゾート計画を立てているらしく、なんと自分に地図づくりの依頼話を持ち込まれた。日程が合えば是非やってみたい仕事である。それからレッスンも一時間当たり2000kwでやってくれるらしいので出来れば継続した講習を受けてみたい。

 テストは相変わらずぱっとせず、今後の継続学習の必要性を痛感させられた。夜は打ち上げで中華料理を食べに行った。

12/13,14(土日)

 土曜日、サンクチュアリに出かけ、入場料840kw支払い動物が見られることを期待して待ったが、雨が降り始め、止む気配もなく延期する事にした。来週家族との下見と思ったが、ぶっつけ本番となってしまった。

 日曜日、マラウイに来て五度目のゴルフ、雨期でボールはぼとんど転がらずラフに捕まるとなかなか脱出できずわいわい叫びながら楽しいゴルフとなった。

12/15(月)

 学期末テスト、第1日目。試験に関する規則はおしゃべり禁止、携帯電話などものの持ち込み、持ち出し禁止など日本とそんなに変わらない。ただ教室に入室前に学生はボディーチェックを受ける。試験監督は先生23名ガードマン3名。そして何故か電卓の貸し借りは入試も含めokである。早くも1名の学生がcheating(カンニング)で摘発、当然学生は留年確定となった。しかし、試験時間は科目によるが3時間あるため監督(invigilator)は非常に疲れる。学生から質問されることもあるが、当然こたえられないことも多く、現地の先生に対応をお願いするが、その先生が教室にいない。戻ったと思ったら朝食またいなくなったと思ったらお茶とまあ気ままである。そのくらいでないと3時間は持たないかもしれない。

 今日はやっとつくった自分とNRCを結ぶための新聞を同僚のroseにチェックしてもらった。水曜日には少なくとも発行したいと考えている。

12/16(火)

放課後サッカーをした、先生と職員チームの練習で準備運動やストレッチ筋トレまでやっているのでびっくりした。準備運動後に6,6に分かれてパスゲームをした。やはり皆上手で足も速く素人の自分は苦戦の連続であったがとても楽しかった。

12/17(水)

コレラが流行している、ジンバブエで1200名、マラウイでも数十名が感染し直ぐ近くのリクニ病院に36名入院し4名が死亡した。先月の強盗未遂事件でも今回のコレラの件でも同僚職員は何食わぬ顔で平然としている。日本人としてはかなり警戒し水は煮沸し、生野菜は食べないなどの注意喚起を受けたがこれらのことはアフリカでは日常茶飯事であるのであろう。

放課後雨も降らず二日連続でサッカーをした。やはりアフリカ人にサッカーで勝ち目はなかった。走力、瞬発力、技術、ボールを追うときはまるで獣である。

12/18(木)

 今日は自分のつくったirrigation design layoutのテスト。といっても1/4は自分がつくり後の残りはカウンターパートが作成。試験時間3時間。試験の間中質問が絶えなかった。もういい加減にしてくれと思うがそれだけやる気があるというふうに解釈しよう。

 日本のこと自分の思っていることを伝えるため新聞を発行して、図書館、事務室、ティールームに置いた。特に図書に先生はわざわざ玄関の一番目立つところにおいてくださった。感謝。

12/19(金)

 今日は学期末試験最後の日で今学期も今日で最終日である。学生は2月末まで約3ヶ月間の長期休暇に入る。とはいうものの15日からspag(special program)の学生が入れ替わりでやってくる。一部に先生はほんとに休みなしの生活である。

試験監督が一緒だったポニャヂラは愛媛大学大学院進学が決まったらしく来年3月に日本に行くらしい。日本語の勉強を日本に行ってから半年するらしく、その前に少しでも日本語を教えてと言うことでチィチェワと交換条件と言うことで約束した。

夜校長に誘われ校長の経営しているロッジに飲みに連れて行ってもらった。約束の5時半が会議で2時間遅れになったがさすが校長だけあって、約束はしっかり守られた。やはりお金を持っている人は 日本と違って教員一本でなく副業を持っている。そうでなければ車など買えるはずはない。                            

夜の1時半ころ突然大勢の人がロッジに押し寄せた。よく見ると銃を持っている警察数名それから手帳をかけられた犯人1名、興奮のあまりそばにいたカチャソ(大学の公使)は犯人になぐりかかった。すごい緊張感が走り、時刻は2時半をまわり家に帰ったのは3時過ぎとなった。突然の出来事に眠気は一気に覚めた。

12/20(土)

 明日いよいよ家族が来マラウイ。家の掃除をして買い物に出かけた。最近毎日雨、洗濯をしたいがこの雨のため大分たまってしまった。一瞬の雨が止む間をねらって町に出かけ帰りも同じく止んだ時に帰ってきた。

12/21(日)

 家族が予定通り、来マラウイ空港に13時過ぎに迎えに行く、どうやらマラウイ航空はいつも遅れがあり、サウスアフリカ、ケニヤ、エチオピアは時刻通りらしい1日半の長旅にもかかわらず子供は元気で着いてからあせ流しながら遊んでいた。流石に夜は二人とも8時前にはぐったりダウンした。明日は学校に行き先生方に子供を紹介しなくては。

12/22(月)

 休日初日案大学には殆ど先生はおらず、近所を散歩したり、大学校内の案内を家族にして一日が終わった。昼ご飯はシマを食べさせたがなかなか好評であった。4歳の息子は言葉が通じなくても平気で現地の人や子供ととけ込むが小学1年の娘は聞き取れないことまた言いたいことを言えないストレスを感じているようである。家族のマラウイの感想は日本よりも1日が長く感じるということ土が赤いということの2点であった。

12/23(火)

 今日は大学に肉を買いに行き、午前

中町

に出かけサンクチュアリ(動物保護区)に出かけた。ワニ、ヒョウ、サル、蛇などがみられたが入場料に対して内容は今ひとつであった。チャリマト(自転車タクシー)そしてミニバスに初めて乗った子供はご機嫌であった。

12/24(水)

 一日中、散歩をしたり近所の子供たちと遊んだり折り紙、縄跳び等で交流を図った。ただ特に何もしているわけでもないが、たまにはこういう時間の過ごし方もいいだろうと感じる。女房は手洗い洗濯、停電、ブレーカーダウン等に少し疲れ気味である。明日はSVのKさん宅にお邪魔する予定である。

12/25、26(木、金)

 家族来て五日目、特に怪我病気もなく順調に過ごしている。相変わらず早朝5時に起床、6時に大学に牛乳、鶏を買いに行く。すっかり地元になれて生きて子供から散歩や遊びに行こうと促される。

 小学1年の長女は日本の遊びを教えようとしているが、言葉の問題でうまくいかず苦戦している模様、4歳の長男は関係なく日本語をべらべら喋り、片言の英語とチィチェワ語を発する。

 今日は8時半に家を出発、JICAドミに寄って、現金を両替してもらう。お土産やお茶をいただきKさん宅に出発。お昼をご馳走になり夕方まで子供同士で遊んだりイヌと遊んだりして一日を費やした。帰りのチャリマトでは子供はすっかり寝てしまった。

 金曜日も相変わらず、自宅周辺で過ごし夕方は校長の招きで大学へ夕食をご馳走になった。長男は食事をしながら疲れてダウン、夕食のシマはかなり食べ応えがあった。明日から5泊の南方面へ長旅。

12/27(土)

 今日から56日の年末家族旅行、Lilomgwe10時出発Nthewで昼食。出された水がかなり濁っていてドブ臭かったので飲むのをためらった。Blantyre,Limbeを経由しMikolongweに17時過ぎに到着。20-1河村宅に泊、動物好きな子供たちは犬猫をかまって9時過ぎに就寝。自分は少し体調を崩して早めに就寝。どうも体調悪く寒気を感じたので体温を測ると387℃マラリアの疑いも持ったが症状が違うため食あたりと推定。案の定夜12時半から1時間ごとのトイレに通うはめになった。旅行中断して帰宅案もでたが、Liwonde National Parkは絶対に行きたかったので回復することを願い続行。

12/28(日)

 8時半に河村宅出発、今日はゾウ、カバ、ワニなど野生動物を沢山みられる事を期待。自分の体調は優れないが、車サファリ、ボートサファリは迫力満点で身近に野生動物をみることが出来て最高であった。

12/29(月)

 今日はマンゴチのNkopola Lodgeに宿泊。このホテルは値段も高いがエアコン、TVなど殆ど先進国並みの設備が揃っており食事もとてもおいしかった。

12/30,31、1/1(火、水、木)

 今日は世界遺産のケープマックレアのCapumaclodgeに宿泊、何故世界遺産に指定されたかというとマラウイ湖に数多くの淡水魚が生息しているということ、それをベースに数多くの鳥、野生動物をみることが出来た。

 息子とカヌーはかなり波が荒く、必死の冒険となった。途中で運転操作不可能となり泳いでいた子供たちに助けられた。

 卓球、プール、ビーチバレー、サーフィン、ヨット、カヌーなど何でも揃っていて全て無料で出来るのがこのロッジの醍醐味である。

1/2(金)

2週間の家族滞在も今日で終了、騒がしかった我が家もいつも道理の静かさを取り戻した。

1/3(土)

 今日は農業分科会が午後2時からドミであり参加した。海野隊員の帰国報告会、それから農業畑で働く隊員の情報共有の場として有意義であった。

1/4(日)

 明日から学校が始まると言うことで様子を見に大学に行ってみた。多くの学生たちがそれぞれの地域から寮に戻ってきた。そして何人かの先生方はその対応に追われていた。久しぶりに一日中本を読んだり、映画を見たりして一日を過ごした。

1/5(月)

 今日から新学期、とはいうものの学生が入れ替わりspag3,4の学生が戻ってきた。自分の担当授業は2月から始まるらしいが具体的にいつかはまだ決まっていない。ということで今週はテストの採点業務は配点表だけ渡して、マラウイの先生にお任せし、農場を見たり普通教科の先生の授業に参加させていただいた。

1/6、7,8(火、水、木)

 数学の先生はとにかく時間厳守だ。8時にはしっかり始まり、午後も1時半前から教室にいる。初めてここへ来てこのタイプの先生に会い驚いたと共に少し感動した。平気で時間に遅れて、早く終わる。或いは直ぐに自分の都合で課題や自習にしてしまう。こういう先生方の姿が今までの常識であったが、しっかりした先生がいて救われた。自分も見習わなくては。

1/9(金)

 今日はリロングエにて安全対策協議会朝6時半に家を出発した。JICA事務所からの連絡、JOCV、SV、専門家など全員集合終了午後4時過ぎで一日がかりの会議となった。

1/10(土)

 年に一度の隊員総会、朝8時から終了は夕方6時前となった。会議はかなりもめて、もめて難航したが役員制度改正や、新役員選挙など滞りなく終了した。ほんとに役員の皆様方お疲れ様でした。午後7時からはH20-3自隊のウエルカムパーティ。隊員総会後であったのでいつになく大勢の120名近い出席者があった。幹事の20-2の皆様お疲れ様でした。

1/11(日)

 今日はマラウイに来ていちばんすごい豪雨、風で近所の木は倒れているものも多く。家の部屋の中まで雨の一部が入り込んだ。ずっと群馬県宛のビデオレター作成をここ3,4日していて、今日は朝の4時になってしまった。案の定朝は寝坊し8時に起床。

1/12(月)

友人に送ったメール

大学は1/5から始まったんだけどまだ授業が無くて

少しは余裕が出てきたよ。

今週はザンビア(隣の国)に任国外旅行に行ってきます。

同行者はなんとミスマラウイの女性隊員(19-3)と20-1河村(マラウイリーダー)の

3

ザンビアで農業や見学など勉強して、観光もしてきますぜ

マラウイはキリン居ないので、キリンとライオンに会いに行くぞっと

そういえばモザンの千晶ちゃんが先週行っていたようです。

ザンビアは語学一緒の女の子も知り合いの女の子もいるので

もしかしたら?(っははは)JOKE JOKEだよ

自分は家族旅行中に39度に熱を出し下痢、下痢、コレラやマラリア疑い(そのとき南アフリカ地域ではコレラで死者1600人)???でも次の日ゾウとカバを

見る予定だったので(食中毒と自分で判断し)旅行強行 何とか気合いで2日で直ったよ。

家族が来て、丁度同じ時期に阿部君の彼女も来て、一緒に日本に帰りたくなったよ???

マラウイはほんとに田舎で 自分の家にいる限り外食の選択肢は無し

仕方なく毎日自炊、洗濯手洗い、掃除少し疲れ気味だね

同僚の先生は皆マラウイ大学卒や海外でマスター取得、日本で言えば東京大学卒

ちょっときついね

最初は色々教えてくれたけど

冷たい先生、

語学力の低さにあきれている先生

もいるけど

なかには優しくあたたかい先生もいるので

何とかがんばれそうかな?

でもがんばりたくないときもあるかな?

○○ンは語学どうダイかなり上達したんじゃないの?

うちの大学は英語を使うことがステイタスなので現地語は未だほんと片言だよ

任国外旅行なんかそろそろいいかもね

それではザンビア行ってきます

1/14(水)

 Magaea secoundy勤務19-4M宅に宿泊リロングエから3時間で到着、ドライバーが間違えて、国境近くのムチンジまでいってしまい少し戻った。ムチンジは雨期が始まるのがメイズが早くも2mを越えて収穫も間近という感じであった。4人でごろ寝。

1/15(木)

 朝、4時半発を変更して、6時半に出発。順調に入国を終え、ザンビアのチパタ市に到着。910分前に到着。9時に出るはずのバスは11時過ぎに出発となった。予想以上に時間がかかり、しかも、ルサカまであと少しと言うところで、なんとガス欠、ルサカに到着したのは10時になってしまった。同期の雅、友ちゃん、サブちゃんが自炊して待っててくれて、明日も仕事があるにもかかわらず手作りの料理とデザートをご馳走になった。どんなに豪華な外食より何よりも嬉しいことである。12時過ぎまで久しぶりの再会に話が弾み、2時過ぎに就寝。

1/16(金)

 3人それぞれ別行動で、自分は同期隊員の職場に見学そして、ナショナルパークと飛行機の予約を行いに町に行った。WFPの友ちゃん、HIV関係の仕事している雅、そしてYMCA勤務のサブちゃん、そしてPC隊員のHさんの職場を見学し皆それぞれ頑張っているので自分もしっかりやらなくてはと言う良い刺激を受けることが出来た。

1/17(土)

 休みのため、ゆっくり読書そしてザンビア大学見学、映画鑑賞そして夜はなんと念願の寿司を食べることが出来た。

1/18(日)

この日はルサカ発朝8時のバスでリビングストーンに移動し博物館見学、19-3のKさん宅に泊めていただいた。夜は海鮮料理、昨日食べられなかったカキを食べもう充実であった。

1月19〔月〕

 朝から、ザンベジ川でラフティング、とにかくにごった水と迫力、事故による死者も過去に出ているということで同意書にサインをしていざ出発。こんなところを約3時間かけて必死にラフティングし続けました。

/20〔火〕

 リビングストーンでは結構高級といわれるザンベジサンホテルに宿泊。普段は切り詰めて2回くらいは豪華なホテルに泊まろうという予定だった。

/21~23(水から金)

 ザンビア旅行もいよいよ終盤。待望のキリン、ライオン、シマウマを目当てにザンビア一番人気のナショナルパーク、サウスルアングア国立公園へ。ビッグ5(ライオン、レオパード、カバ、ゾウ、シマウマ)がたった一日目の夜にして運よく見ることができた。

 ほんとにラッキーだった。

/24,25(土日)

 旅の疲れがどっと出て、一日中読書、PC内の映画鑑賞。明日から規則正しい生活を取り戻さなければ。

/26(月)

 今日で41年目の誕生日を迎えました。おそらく世界中の協力隊の中でも最年長のトップテンに入るでしょう。

1月27(火)

 ザンビア旅行帰りで多少体調を壊しかけていた。ここ数日、家の中で読書、ビデオ鑑賞などが続いていた。学校で授業がないと下手をすると自分のオフィスに閉じこもり、家に帰っても部屋に閉じこもれば現地の人との交流がなくなり最悪の活動となってしまう。

 任地で自分の好きなことは夕方の散歩である。特にNRCキャンパスに隣接しているNgowe村を歩くと、大勢の子供たちが、アズング、アズングといって寄ってくる。また、マーケットに行けばオーナーがいつでも歓迎してくれ話すこと約1時間、サッカーしている少年にはcome on come on と声をかけられ、give me money も言われるが気にせず、いつものカーペンターのおばちゃん家でメイズの具合はどうだい?と声をかけ現地語での会話が弾む。このなんでもないようなたわいもない会話、道行く人がすぐによってきて話しかけてくれる、ここがマラウイの良いところだと、ザンビアに行き帰ってきて改めて気づかされた。

/28(水)

 2月からの授業の準備、報告書作成、読書やらなんやらでだらだらと一日を過ごす。

/29(木)

 今日の停電はひどかった。朝から夕方まで継続的に停電。夕飯は母屋のFebbieと一緒に準備、1,2時間の会話がはずむ。少しずつであるが仕事は進んでいる。しかし、測量の教科書や形式が日本と異なるため、イギリス形式に慣れるまで時間を要する。

1/30(金)

 花金のため、ほとんどの先生が今日はテストで午前中で授業終了。一日中相変わらず古い測量の教科書を辞書引きながら読み進めた。その間にメールチェック、メール作成、最近外国人とのメールのやり取りも慣れてきたが文章作成には時間はかかる。

 赴任して半年過ぎたが電話や旅行などの予約と買い物など最低限の会話は普通にこなせてきたと感じる。しかし深い話や議論、会議の場面ではなかなかすらすら英語は出てこない。いつになったら流暢に英語が出てくるのだろうか?2年間では時間が足りないと感じる。最近同居している母屋のFebbieと仲良しである。今日は電球の交換を頼まれた。台所とトイレ、廊下の電球と蛍光灯を変えた。トイレは結局ケースが外れなかったため持越しとなったが。家がとても明るくなった。ここ一週間でFebbieとの距離がぐっと近くなった気がする。

1・31〔土〕

 今日はどこにも出かけず家にいた。近所の子供がなついて部屋の中まで入ってきた。物をあさったり、ちらかしたり。まあ子供だから多めにみよう。そのうち母親が迎えに来て連れて行かれた。

 今日はいつになく長い停電、かれこれ5,6時間は経過している。いつもは1時間くらいで回復するが今日は回復のめどがないので炭を起こし、Febbieと一緒に食事をとる。雑談を30分くらい交わし、またまた、宗教ねたの話、聖書を取り出してきたこの世の始まりから、人間の最初〔アダムとイブ〕、ノアの箱舟など聞いたことがある話しを永延と聞いた。どうやら、キリストも3,4つのグループに分かれるらしい。

 キリスト教の話はだいぶ盛り上がり、神を信じるものはミラクルがおこりガンやHIVでさえ治癒してしまうということだ。次の機会に実際に見せてくれるというから楽しみでもある。

2・1(日)

 午前中、灌漑専門家の野田さんに会って情報交換、意見交換そしてアドバイスなどをいただいた。彼はマラウイの国の政策(灌漑関係)の作成に携わっていてマラウイの農業・灌漑政策作成者のトップの人と話をしながら仕事を進めている。

 NRC出身者が将来、現場の灌漑農業に携わっていることからNRCでの教育は大変重要となる。特に自分は直接学生に授業を教えるということで非常に重要な役割を授かったと感じる。Surveying(測量)の授業を教える上で大切なことを再確認することが出来た。第1に道具がなくても概略測量が出来る技術、例えば歩測や日の出る位置から東西南北を知ること、川を見て流量の概算を知ること、自分の指でN値を確認する技術巻尺代わりにロープを持参すること。これらは現場で即役立つことなので授業に取り入れて生きたい。

 授業は2・23から始まるので少なくとも1週間前には準備を終了させ、リハーサルしたい。

 最近の1日の流れは8時から午前中授業の準備、器具の確認、メールチェックその他、午後、農場見学、雑用その他で帰宅は5時半から6時頃が平均である。

2・2(月)

 今日は午前中、1年に2回行われる入試が行われた。受験学生数は500人くらいであろうか?先生事務職員は朝から忙しく、自分は追試験の試験監督を手伝った。作物と灌漑デザインのテストで試験時間は3時間であった。

 今日は1日中停電、そして断水のダブルパンチ。夜は相変わらず、母屋のフェビーと一緒に会話をしながら食事をした。

2・3(火)

 一日中、授業の準備に追われた。わからないところは同僚に聞きまわり解決した。とにかく辞書に載っていない特殊な専門用語が多い。午前中カウンターパートがきて何か困ったことや悩みはないのか聞かれた。たぶん上司に聞いて来いといわれたのであろう。言葉の問題、文化生活習慣の違い、ものの考え方、価値観、仕事時間など日本とは違うことは正直すべて話した。もちろんマラウイの歴史、文化、考え方を受け入れながら仕事は進めるつもりであるということも話し、最後に物置を片付けようということを強調した。

 インターンで3ヶ月、コスタリカから学生が来て、彼女はすごく積極的に会議で意見したり、プレゼンテーションをしたりした。

 日本で組織の下で働いていると、上からの命令で動くことが多く、自発的にこちらから仕事をすることは少ないかもしれない。何を求めているのか聞いたところ逆に何をしてくれるのか期待していると言われ、外国では自主性、自分から仕事を見つけ出して動くことが極めて大切であり、世界の常識であるということを痛感した。

 夕方、いつもの自衛隊の訓練生が空手を習いに来て、1時間ほど手ほどきをした。

2・4(水)

 相変わらず、辞書を引きながら授業準備で教科書をひたすら読み進める。時刻は午後6時前、停電のためほとんどの先生は帰宅した。朝授業がないためいつもよりゆっくり出勤するとある先生にMu chedwa(You are late)と言われたがそういう自分は自分よりも遅く学校に着いていた。今日はいつになくいいペースで教科書を読み進めることが出来た。しかし、授業は2・23日から始まる。時間的なゆとりはまったくない。今週中に教科書を終了して、演習問題作成、そして授業でしゃべる原稿を書かなくては。

 それにしても、測量という授業がNRCに存在していて良かった。これがもし、灌漑計画や水理などであれば、とても教えるのに苦戦したに違いない。相変わらず今日も長い停電、今から炭を起して料理の準備をしなくては。

/5(木)

 教科書は半分以上めどが立ってきた。しかし問題は授業でのしゃべったり説明するせりふ作成である。とりあえず来週までに板書事項ノートと演習問題を作成し、台詞は週ごとあるいは日ごとに作らざるを得ないであろう。一日中授業の準備、そして家に仕事を持ち越してしまう。

/6(金)

 今日は農業リサーチセンターにてタバコの栽培技術、栽培方法などの講習会に参加。1000人位の参加者があっただろうか。このところずっと一日中オフィスで授業準備に明け暮れていたので良い気分転換となった。

 タバコの種類はいくつもあり、改めて気づいたことであるが、農薬の散布量がすごく多く、雑草がほとんど生えていないのでタバコを吸うことは、ものすごい多くの毒を吸っていることなのだなと感じた。

/7,8(土日)

 授業に向けての準備、新聞2号作成などの仕事をした。ていうかやらないと間に合わない。職場のインターネットはしばしば問題を起し停電後はつながらないことが多く、つながっても回線速度が非常に遅いためメール受信できなかったり問題が多い。

2・9(月)

 土日に続き相変わらず、教科書の教材研究、演習問題の回答を作成しているが予想以上に進まない。少し心配になってきたのでカウンターパートに時間割の変更をお願いしてみた。

2・10(火)

 久しぶりの職員会議(Faculty meeting)、うわさでは真夜中までかかるという話であった。午後2時からスタートして終了したのが7時過ぎだった。しかも予算削減のため、ジュースやビスケットも無く非常に疲れた。議題は各学科からの報告事項、インターンシップ、JICAボランティア(自分たちのこと)、大学以降計画、コスタリカからの大学生受け入れ等についてで、結局すべて終わらず木曜日に持越しとなった。

 現在の2年半のDiplomaから4年生の大学になれば政府からの施設、人員援助や様ざまなメリットが得られるらしい。だが、すぐ近くにマラウイ大学農学部があるのに同じような学部学科を2つ作ることに疑問を感じる。職員は大きな前進だといっているが政府や農業関連機関と綿密な打ち合わせ、必要性や将来の仕事の分業体制、ブンダ、NRCが求める将来の人材像を明確にしてから進めるべきであると感じる。

2・11(水)

 今日は昼休みに学生のデモがあった。食堂付近で50人近くの学生がデモ何か不満を言っている。話を聞いてみると朝食で一人の学生が遅れてきたところ、食堂の職員に胸ぐらをつかまれ追い返されたというのである。それと最近停電で夕飯が10時や12時になることがなんどかあって、学生はジェネレーターを使うことを要求している。

 校長が学生たちを講堂に集め、約束事を交わし事は治まった。約束がもし守られなかった場合はどうなることやら。

2・12(木)

 朝10時から職員会議、おとといの延長戦。お昼をはさんで5時過ぎにようやく終了。成績会議で結果はほとんどのクラスで落第者が半分から1/5位である。追試があるとはいえあまりにもひどすぎる結果に愕然とした。中にはクラス中合格者が1名のみというのもあった。問題は山積みで学期の途中で先生が退職したため、成績データが無く成績がつけられないというハプニングもあった。以前よりはヒアリング力は上がったとは思うが細かい話や昔の話を持ち出されるとお手上げ、何を言っているのかまったく分からなくなる。

2.13(金)

久しぶりにドミに泊まった。というのも大学のネット回線速度と性能が悪くて、文章や写真のダウンロードが出来ないので今日はそれらを受信しに来た。ドミの回線速度はマラウイ国以内でもピカ一で改めてネット回線の有り難さを感じた。今まで何時間も待ってその挙句受信できなかったりしたのは何だったのだろうかと思ってしまう。同期の隊員カツーンとりんチャンが

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